歴史映画というよりナポレオン密着ドキュメンタリーな映画『ナポレオン』
高校のときの世界史の勉強をひたすら思い出していた。フランス革命に始まる欧州近代史の勉強は、なかなかに楽しかった記憶がある。テニスコートの誓いだのアンシャンレジームだの恐怖政治だのなかなかカッコよさを感じる用語が飛び交って、そして現代史との連続性も感じる時代であったため、教科書なり用語集を読み漁ったものである。そんな思い出を抱きつつ、当時の得意科目が世界史であったこともありまして、フランス革命におけるマリーアントワネットの処刑からナポレオンのセントヘレナ島の最期までを描いた『ナポレオン』を観たわけである。
さて、物語は必ず起承転結が必要である。加えて、映画ではところどころに盛り上がるポイントを入れ、この先をもっと観たいと思わせる工夫が必要である。この作品は、マリーアントワネット処刑からナポレオンのセントヘレナ島での最後までを文字どおり描いており(とはいえオミットされた史実もあるが)、なんというか淡々とナポレオンの人生模様が続いていく。ジョゼフィーヌとの愛憎劇と戦争シーンが交互に繰り返されているので、まぁ盛り上がるシーンはところどころに挿入されるのだが…。そして2時間40分近くある上映時間でもあるので、「長い...」と感じてしまう。そのせいで終盤の魅せ場であるワーテルローの戦いのシーンでまさかの寝落ち! ウトウトしながら観ていたら気づいたらイギリス軍がロの字陣形を組んでました...。途中で起きてよかった。
では、淡々と史実を並べていく、そして長い上映時間ということで、歴史がわかりやすいかというと、そうでもない。この作品での神の視点は俯瞰しておらずナポレオンに密着している。そのため、なかなか歴史上の出来事の繋がりが理解しにくい(まあそれは教養なのでは?、と言われればそうかもしれないけど...。欧米人はこのへんよく知ってるんですかね)。たとえばナポレオンがクーデターによって総統政府を打倒するシーンや、皇位を得るシーン、そしてロシア遠征の失敗から退位のくだりなど、かなり歴史の知識を前提として組み立てられている気がする。まあなんとなーく最低限の理解はできるようなつくりにはなっているが、大学入試の世界史より難しい!! と思ったのも事実である。Wikipediaで予習してから観たほうがいい。
もうちょっとナポレオンの功績にも触れてやってよ~と思ったのも事実である。たしかにナポレオン戦争では300万人以上の犠牲者が出ている。その観点からいえば、「果たしてこの人物は英雄だろうか」という問題提起を中心に描かざるを得ない。とはいえ、自由・平等・博愛を謳い王政を打倒したフランス革命精神を潰そうとした対仏大同盟による武力行使があってのナポレオン誕生である。内政面においてはナポレオン法典の整備など諸々の功績はあるわけで、この作品だけ観ると、ナポレオンの野望と名誉欲だけで世界中を巻き込み沢山の犠牲者が出した悪魔のようにしか思えず、ちょっとフェアでないような気もした。フランス革命後にヨーロッパ中からいじめられたフランス、という国際情勢をもう少し補足をして観客に同情的にみせるやり方をしてもよかったのにな~というふうに思った。まあすでに英雄視されすぎているから良いのかも。
と、マイナスポイントを並び立ててしまっているが、当然グッドポイントもある。それぞれの合戦シーンは、かなーり力がいれられており見ごたえがある。特にアウステルリッツの三帝会戦は、軍師ナポレオンの才能と残酷さを画から感じられてとても素晴らしい出来栄えである。多くの世界史選択者がかっこいいと思ったであろう「アウステルリッツの三帝会戦」が映像化されたことに喜びを禁じ得ない。そして、それと対照的に描かれるワーテルローの戦いも良い(ちょっと寝たけど)。すでにナポレオンの戦略が通用しなくなってしまったことが戦況という視覚的に描かれている。「アウステルリッツの勇者たちよ」と兵士を鼓舞する皇帝ナポレオンも、過去にすがる姿のようで無様である。ド迫力の合戦シーンを大スクリーンで観れただけでも、劇場鑑賞の価値はあったと思います!
あとは、ナポレオンとジョゼフィーヌの関係性がセカイ系のように描かれているのは、上記のマイナスポイントと感じる一方で、きらいではなかった。ナポレオンがエジプト遠征から凱旋したのも、ジョゼフィーヌの浮気が原因であった。そしてロシア遠征が上手くいかないのも、ジョゼフィーヌとの離縁が原因にあった。みたいな観方もできるような気がして、ふたりの恋愛模様が欧州世界に影響をあたえているのはさながらセカイ系のようであった。まあアニメとは異なり、恋愛模様は生々しいんですが。歴史上の偉人を一人物として描いていくのは、さながら北野武の『首』のようでもあった。ナポレオンの求愛行動の唇慣らしと子づくりで朝食をのシーンは必見。もはやコントである。
ということで、この作品は、歴史映画でも伝記映画でもなく、ナポレオン密着ドキュメンタリーと理解したほうがよい。上映時間は長いし人は選ぶと思うが、合戦シーン(と朝食子づくりシーン)は一見の価値ありであるので、楽しい作品だと思います。